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はたらくことの意味は、だいたいドラッカーが教えてくれた。

働くことの意味、人生の意味を喪失した私が、ドラッカーと出会い意味を取り戻していくまでの、10年とちょっとの人生記録。

ロジカルモンスター社員との対峙

回顧録 -小さな会社での奮闘記篇-

このブログを始めて約3週間。どんな記事が見られやすく、どんな記事が不人気なのか、だんだんと傾向が分かってきました。そんな傾向も分かった上で、あえてふたたび不人気シリーズを再開します(笑)

 

(前回の記事から読む)

 
(このシリーズの最初から読む) 

 

自社業務システムの開発に関わる仕事は、結局、翌年(2008年)の春ごろまで続いた。というのも、運用スタート後にいくつか大き目のトラブルがあり、完全に収束するまでしばらく時間を要したからだ。

システムがある程度安定して以降は、合間を見ていくつか簡単な分析のためのツールを手作りした。これで日々の売上や利益、従来は欲しくても入手できなかった分析データを取れるようになった。これら一連の分析ツールを作るためにも時間を要した。

しかし、システムに私がかかりっきりになっている間に、今度は新たな問題が発生していた。またもや、人に関わる問題だった。

 

当時、事業が拡大して事務所が手狭になったこともあり、車で5分くらいの場所に2つ目の事務所を開設していた。顧客対応業務は人件費が安く社歴の長いパートスタッフさんのいる本社に残し、企画系の機能はすべて駅に近い新事務所に移転していた。

新事務所の開設と同時に、新たな社員の採用も行っていた。しかし、彼らが入社したタイミングで私がシステムトラブル対応に追われ、新事務所には常駐できない状況になってしまった。この隙に、新事務所の方でさまざまな人間関係トラブルが発生していた。

 

 

トラブルの発生源は、新しく採用した社員だった。ネットでの通販業務に精通し、テクニカル面のスキルが高く、コミュニケーション能力もそこそこある方だったので、採用を決めた。ちょっと高飛車で思い込みが強いあたりは気になっていたのだが、うまく方向づけしてあげれば問題ないだろうと判断した。

しかし、システムトラブルが思いのほか長期化してしまい、完全に解消する前に繁忙期に入ってしまった。ほんの2~3か月くらいなら大丈夫だろうと油断した私に責任があるのだが、この間に新事務所の人間関係はズタズタになってしまった…。

 

 

彼は「ロジカルモンスター」だった。

すべて理詰めで人に接し、自分の言葉を理解できない相手は無能だと決めつけた。そしてチームリーダーを巻き込んで、彼の基準で有能とした人間、彼になびいた人間だけに重要な仕事を割り振るよう、業務分担まで変えていた。彼のやり方に違和感や疑問を感じる人間には、単純作業のみを割り振った。

私のところには常にチームリーダーと一緒にあらわれ、いつも都合のいい報告ばかりをするので、他の社員から話を聞くまで、この異変に気付けなかった。ほんの2~3か月の間に、ここまで一気にやられてしまった。異変に気付いて新事務所に戻った時には、もはや分断が完了しており、手の付けられない状況になっていた。

 


実際のところ、優秀で能力ある人間だったとは思う。テクニカルなトレンドをよく学び、たった2か月で組織を破壊するほどの実行力も兼ね備えていた。しかし、彼は組織で自分の能力を活かす方法を知らなかった。自分の知識領域に執着し、特別な存在として処遇されることばかりを望んだ。

「こうすればもっと売れる」
「こうすれば効率化できる」
「業界ではこのやり方が常識だ」

さまざまテクニカルな知識を披露してくれたが、彼は組織特有の強みを活かすということにまったく興味がない様だった。そして人を活かすという事には、さらに興味がない様だった。人に興味がないゆえに、顧客に対する興味もなかった。

残念ながら提案の大部分は却下となった。私の中では、組織も売り場もすべて生き物であり、テクニカル面のメリットだけで生態系を破壊するような意思決定は、当然のことながら出来なかった。

 

 

はじめ彼は、他の社員同様、私のことも説得し切れると考えていた様だが、説得し切れないことが分かると、途端に反旗を翻した。そして自分の城に籠もり、分かりあえる人だけとしか会話をしなくなった。

ほどなくして、彼は退職を申し出た。同時にチームリーダーも退職して行った。

それから3か月ほど経った頃、彼ら2人は新会社を設立した。わが社にとっては主要ではないものの、比較的会社規模の大きな取引先と結託し、ビジネスモデルとノウハウを丸ごとコピーしたショップを開設した。

 

 

設立当初は、それなりに順調だった様だ。わが社のノウハウと商品まで、そのままコピーしたのだから、当然と言えば当然だと思う。

今日、この記事を書くにあたり、数年ぶりに彼らのお店を見てみた。数年前に見た時と、売り場も商品もなにひとつ変わっていなかった。変わっていたのは本社所在地くらい。残念ながら、決して順調とは言えない様だ。

彼らは彼らなりの理想を実現した。迷惑をこうむった部分はあるにせよ、それはそれで素晴らしい事だった思う。そして理想を実現した彼らは、彼らに見えていなかった「論理」と「効率」の罠に見事にはまった。

ロジカルシンキングは単なる方法論のひとつでしかなく、それだけでは限界があることに、いま彼らは気付けているのだろうか? それとも、まだ自分たちの正しさばかりに執着したまま、今を生きているのだろうか?



【今日のドラッカーの言葉】

知力や想像力や知識は、あくまでも基礎的な資質である。それらの資源を限界に結びつけるには、成果をあげるための能力が必要である。知力や想像力や知識は、限界を設定するだけである。

<P.F.ドラッカー 経営者の条件> 

 
<コメント>
ドラッカー教授は「頭のよさが成果に結びつく訳ではない」と言います。もちろん頭はいいに越したことはないのでしょうが、その頭のよさを組織の成果に結びつけるための習慣的能力を身につけていなければ、掛け算で0(ゼロ)を掛け続けるように、永遠に成果はあがらないのです。

組織は、共通の成果に向かって協働する人の集合体です。個としての能力がどれだけ優れていようとも、人と共に働き成果をあげる能力を欠けば、結果として成果をあげることはできません。

知力・想像力・知識などは、成果をあげる上での前提条件に過ぎません。もちろん職務に従事する上での最低限の知識は必須ですが、頭のよさそのものに意味はないのです。

ドラッカー教授は、「成果をあげる習慣は、誰にでも身につけられる」と言います。日々の仕事を通して、成果をあげる能力を日々意識しながら経験を重ねることで、それはひとつの習慣となるのです。

  

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 <講座および読書会のお知らせ>
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